ジャニーズに出戻った話②

続きのお話。


そうしてテレビをつけていて
出ていれば
見る程度の認識になっていた
ジャニーズだった。



そんな時、
バンドで知り合った友人たちが
次々とジャニーズに
はまっていった。
どうやらこの現象は
私の周りだけではないらしい。
そろそろ誰か
名称をつけてくれないだろうか。


そんな友人たちを
不思議な目で見ていたが
本当にある日突然落ちた。
ここからがやっと
出戻った話になる。



私の場合は、
パワハラうつ病になり、
会社をクビになって
無職の時だった。
実家に帰ってぼんやりと
THE MUSIC DAY」を
見ていた時に落ちた。
自分だけはこうならないと
思っていた状態になっている
虚無感、悔しさの中だった。



自分の利益だけを
考える人間の中で仕事をしていて、
潰れてしまった私には、
彼らがとても眩しかった。


彼らから溢れる
キラキラとしたオーラ、
アイドルとしての仕事を
全うする姿に癒された。
正常な状態だったら
惹かれなかっただろう、
と今でも思う。

私にとってのアイドルは
KAT-TUNだ。
良くも悪くも
ぎらぎらと対抗心を
むき出しにしている、
それがアイドルだ。



10年ぶりにKATーTUNの
DVDを見たが、懐かしさと共に
好きだった頃の気持ちが
蘇ってきて悲しくもなった。




ちなみに、
当時在籍していた上席陣は、
不正がばれて全員左遷、減給の
どちらかになったと聞いた。




さて、誰に惹かれたのかと
いうところである。


「Hey!Say!JUMPの岡本 圭人くん」
だった。



昔見ていたちびっこJrが、
デビューしていたことは
知っていたし、メンバーも
全員認識しているつもりだったが
大きくなったね、
デビューできてよかったね、
といった
親戚のおばちゃんのような目でしか
見ていなかったグループだ。


そこに岡本健一の息子が
いることは知っていたが、
まさかこんな子に
なっているとは知らなかった。
私の岡本健一のイメージは
カウコンに出てる人、だった。



この子かっこいいと
呟いていると
親に一言、
真顔で言われた。


「頼むからその年で
ジャニーズにはまらないで」


昔の状況を知っているかつ、
バンド沼でも同じ状況な
ことは薄々わかっていたからだろう。


しかし、遠方からわざわざ
DVDやCDを貸してくれた友人がいた。
ジャニーズの懐かしさと
KATーTUNとの差に驚きながらも
久しぶりに文字通り、心を動かされた。




就職先が決まったら、
FCに入ろうと決めた。
自分が完治したのかも
わからなかったが、
前を向いて動こうとする
原動力をくれたのは
間違いなく、
Hey!Say!JUMPだった。


転職会社で現在の会社を紹介され、
転職活動らしいこともしないまま
仕事が決まり、
すぐにFC振込をしにいった。
幸いとてもホワイトな職場で
落ち着いて働いている。



そこからコンサートに
行く機会を得た。
お小遣いの中でやりくりをして
グッズを悩んでいる中高生を横目に、
大人の経済力を使って買った。


初めて大人でよかったと思った。



コンサートを
見て転がり落ちた。
(1番驚いたのは小さかった
やぶひかの身長が
伸びていたことだった)
しかし、私の中でこの子たちが
KAT-TUNを超えることはない、
とも思った。
それでも、私は彼らが好きだ。
KAT-TUNとは別のものだと
いうことは100も承知している。



ドームツアーの
東京ドーム公演は自力で当て、
奇跡的にカウコンも当選した。

昔テレビでカウコンを
見ていた私に言いたい。
10年以上経って、
カウコンに行き
岡本親子共演を見て
悲鳴をあげている、と。


こうして私は再び
ジャニーズを好きになった。

しかし、数は減ったが
まだまだバンドのライブも大好きだ。
しばらくは二足の草鞋を
履いて生きていくのだろう。


好きなことは多いほうが人生は楽しい。